三島由紀夫と美輪明宏の真実|黒蜥蜴と深紅の薔薇に秘めた魂の劇

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1970年(昭和45年)11月25日、日本中を震撼させた「三島事件」が勃発します。三島由紀夫は自らが結成した民間防衛組織「楯の会」の学生4名とともに、新宿区市ヶ谷の陸上自衛隊東部方面総監部に乱入。益田兼利総監を人質に取って籠城し、バルコニーから約800名の自衛隊員に向けて憲法改正と自衛隊の決起を促す激しい演説を行いました。しかし野次と怒号にかき消されるなか、総監室に戻った三島は割腹し、介錯人によって首を刎ねられ自決を遂げました。享年45。

このあまりに凄惨で劇場的な死のわずか数日前、美輪明宏のもとには三島からの「死の予告」とも言える戦慄の贈り物が届けられていました。当時、日劇ミュージックホールで舞台『双頭の鷲』の公演中だった美輪の楽屋に、両手で抱えきれないほどの巨大な深紅の薔薇の花束が届けられたのです。本数は優に数十本を超え、血の滴るような鮮烈な紅を誇っていました。

普段、舞台の初日や千秋楽にしか花を贈らない几帳面な三島が、何でもない公演の合間に突然、これほど不穏なまでに豪華な薔薇を贈ってきたことに、美輪は直感的な戦慄を覚えます。美輪は即座に三島に電話をかけました。「三島さん、見事な薔薇をありがとう。でも、今日は初日でも楽日でもないのに、どうなさったの?」。

電話口の三島は、いつになく穏やかで、静謐な声でこう語りかけました。「いや、なんでもないんだよ。ただね、君の舞台の美しさに感謝したかったんだ。それから、君の綺麗だった姿を、私は永遠に忘れないよ」。

それが、美輪明宏が耳にした三島由紀夫の「最後の言葉」となりました。数日後、楽屋のテレビから流れてきた市ヶ谷の衝撃的なニュースを目にした瞬間、美輪は楽屋に咲き誇る深紅の薔薇を見つめ、全てを悟ったといいます。三島にとってあの深紅の薔薇は、現世における美の具現者であった美輪明宏へ捧げた、血の契約であり、遺言そのものだったのです。

高橋 健太

高橋 健太

ライフスタイル編集者

Webメディアでの編集・執筆歴10年。読者の好奇心を刺激するストーリー作りを心がけています。

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