間質性肺炎で急逝した芸能人まとめ|なぜ急変するのか?初期症状と真相
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日本を代表する表現者たちが間質性肺炎によって命を落としたニュースは、そのつど列島に大きな衝撃を与えてきました。彼らが公の場で見せた最後の姿と、関係者が明かした闘病の背景には、この病が持つ残酷なまでの進行速度が克明に刻まれています。
記憶に新しいところでは、2023年12月30日に73歳で旅立った演歌歌手の八代亜紀さんのケースです。所属事務所ミリオン企画の公式発表によると、同年8月下旬に体調不良を訴え、複数の医療機関で精密検査を受けた結果、指定難病である「抗MDA5抗体陽性の皮膚筋炎」と、それに伴う「急速進行性間質性肺炎」を発症していることが判明しました。9月に年内の活動休止を発表して入院治療に専念し、一時は懸命な免疫抑制療法や呼吸管理が施されましたが、発症からわずか数か月という異例の早さで容体が急変し、帰らぬ人となりました。
昭和の象徴であった美空ひばりさん(享年52)の闘病も、間質性肺炎の恐ろしさを世に知らしめた原点と言えます。1987年に慢性肝炎と大腿骨頭壊死で緊急入院したひばりさんは、その後「特発性間質性肺炎」を発症。呼吸困難と闘いながらも、1988年には伝説の東京ドーム「不死鳥コンサート」で39曲を熱唱しました。しかし、肺の線維化は確実に進行しており、1989年6月24日、間質性肺炎の悪化による呼吸不全で息を引き取りました。当時の特番インタビューや手記で関係者が語った「酸素吸入器を手放せない状態でもマイクを握り続けた」という壮絶なエピソードは、今なお語り継がれています。
歯に衣着せぬ語り口で一世を風靡した上岡龍太郎さん(享年81)も、2023年5月19日に間質性肺炎のため大阪市内の病院で逝去しました。2000年の芸能界引退後は表舞台から完全に退き、隠遁生活を送っていた上岡さんですが、長男の小林聖太郎監督が公表したコメントからは、静かに病魔と向き合いながらも最後は肺の機能低下によって力尽きた無念さが滲み出ていました。
さらに、『笑点』の終身名誉司会者として親しまれた落語家の桂歌丸さん(享年81、2018年逝去)は、慢性閉塞性肺疾患(COPD)を基礎疾患に抱えながら、度重なる肺炎と間質性肺炎の併発に苦しめられました。体重が30キロ台前半まで落ち込み、鼻に酸素チューブを装着しながらも高座に上がり続けた姿は、呼吸器疾患の過酷さと演者の執念を世に焼き付けました。このほか、女優の三ツ矢歌子さん(2004年逝去、享年69)、作家の清岡卓行さん(2006年逝去、享年85)、女性科学者の先駆けであった猿橋勝子さん(2007年逝去、享年88)など、多くの知性や才能がこの疾患によって奪われています。