徒然草の兼好法師はどんな人?皮肉屋で世渡り上手な素顔と出家の真相
徒然草の兼好法師はどんな人?皮肉屋で世渡り上手な素顔と出家の真相について押さえておきたい 理由を分かりやすく解説いたします。
Q1:吉田兼好と兼好法師は何が違うのですか?同一人物ですか?
A1:完全に同一人物です。本名は「卜部兼好(うらべのかねよし)」であり、出家した後に「兼好(けんこう)」と法名を名乗りました。卜部家が京都の吉田神社の神官を務めていたことから、室町時代後期から江戸時代にかけて「吉田兼好」という呼称が定着しましたが、本人が生前に吉田兼好と自署した記録はありません。
Q2:兼好法師は何歳まで生きたのですか?最期はどうなったのですか?
A2:弘安6年(1283年)頃に生まれ、観応3年/正平7年(1352年)頃に没したと伝えられており、享年は約70歳前後とされています。当時の平均寿命から見ても極めて長寿です。晩年は伊賀国(現在の三重県)や丹波国を行き来しながら、穏やかに生涯を閉じたとされていますが、正確な終焉の地には諸説あります。
Q3:『徒然草』は一気に書き上げられた本なのですか?
A3:一気に書かれたものではありません。兼好法師が30代から40代半ば(1319年〜1330年代初頭)にかけて、日々の思索、見聞した事件、和歌や有職故実の知識などを書き溜めたメモの集大成です。本人が生前に一冊の本として出版したわけではなく、彼の死後に友人であった僧侶・今川了俊らが散逸していた草稿を収集・編纂して世に広まりました。