虚構とは何か?嘘やフィクションとの違いと社会を動かす正体を徹底解剖
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人類という生物種が地球上で圧倒的な覇権を握った決定打は何だったのか。歴史学者ユヴァル・ノア・ハラリは世界的なベストセラーとなった自著の中で、約7万年前に起きた「認知革命」こそが最大の契機だったと指摘しました。これこそが、世界中で議論を呼んだサピエンス全史における虚構の理論です。
ネアンデルタール人などの他の人類種や霊長類は、せいぜい数十頭から150頭(いわゆるダンバー数)程度の「直接顔を知っている仲間」としか集団を形成できませんでした。彼らの言語は「ライオンがいるぞ」「川に魚がいるぞ」といった物理的現実を共有する道具だったからです。対してホモ・サピエンスは、「目に見えない精霊が我々を見守っている」「我々は同じ祖先から生まれた部族だ」という、物理空間には存在しないストーリーを語る能力を獲得しました。
見ず知らずの何万人、何百万人という見知らぬ他者同士が、同じ神、同じ国家理念、あるいは「ただの紙切れである紙幣に価値がある」という共通のストーリーを信じることで、見事な協調行動を起こせるようになったのです。ハラリの言葉を借りれば、宗教・国家・貨幣・法律・人権すらも、すべて人類が生き残るために紡ぎ出した壮大な虚構に他なりません。
この議論は、日本の思想界における金字塔、吉本隆明が提示した共同幻想と虚構性の議論とも深く呼応します。吉本は著書『共同幻想論』において、人間の観念空間を「自己幻想(個人内の想念)」「対幻想(恋人や家族など一対一の関係)」「共同幻想(国家、法、宗教など集団の掟)」の3層に分類しました。吉本が看破したのは、共同幻想は個人の幻想の総和ではなく、集団から個人へと逆照射され、個人の生を拘束する強大な実体として立ち現れるという点です。
国家のために命を捧げる兵士の行動は、物理的な生物本能(自己保存)からすれば完全な矛盾です。しかし、共同幻想という名の虚構が内面化されることで、人は自らの生命すら投げ出します。虚構とは、実体がないにもかかわらず、物理的現実を容易に改変し、人間の行動を根底から支配する最強の力学なのです。