西郷隆盛の長男・菊二郎の波乱の生涯!義足の苦闘と台湾・京都での偉業
西郷隆盛の長男・菊二郎の波乱の生涯!義足の苦闘と台湾・京都での偉業にまつわる役立つ知識を詳しく紐解きます。
西郷菊二郎は1861年(文久元年)12月、幕命によって奄美大島へ潜居(流罪)させられていた西郷隆盛と、現地の名家出身である妻・愛加那(あいかな)との間に長男として生まれました。幼名は菊次郎。妹には菊草(のちの大山菊子)がいます。
当時の薩摩藩の掟では、島妻(島で娶った妻)とその子どもを薩摩本土へ連れ帰ることは禁じられていました。隆盛が藩政復帰を命じられて島を離れた際、幼い菊二郎は母と共に島に残されることになります。しかし隆盛は、息子に高い教養を身につけさせたいと強く願っていました。
菊二郎が9歳を迎えた1869年(明治2年)、隆盛は菊二郎を鹿児島の本家へと引き取ります。母・愛加那との涙の別れを経て、鹿児島の西郷家で正妻・糸子らとともに暮らすことになった菊二郎は、父の意向により12歳で私費留学生としてアメリカへ渡り、約2年半にわたり語学や西洋文化を学びました。この幼少期のアメリカ留学体験が、のちに国際舞台で活躍する卓越した語学力と柔軟な開明思想を育む土台となったのです。