袴田事件冤罪はなぜ起きたのか?58年目の再審無罪と証拠ねつ造の全貌
袴田事件冤罪はなぜ起きたのか?58年目の再審無罪と証拠ねつ造の全貌の疑問点について、専門知識を取りまとめてご紹介します。
1966年6月30日未明、静岡県清水市(現・静岡市清水区)の味噌製造会社専務宅で火災が発生し、焼け跡から専務夫妻と次男、次女の計4人の刺殺体が発見されました。現場から売上金などが奪われていたことから、強盗殺人・放火事件として捜査が開始されます。警察が犯行現場の近隣に住む同社従業員で、元プロボクサー(日本フェザー級6位)の袴田巖さん(当時30歳)に目をつけたことが、長期にわたる悲劇の発端でした。
逮捕当初から無実を訴えていた袴田さんでしたが、過酷を極める取り調べの末に自白を強要され、起訴されます。公判で一貫して無罪を主張したものの、1968年の静岡地裁で死刑判決が下され、1980年に最高裁で死刑が確定しました。事件発生から再審無罪が確定するまでの主な歩みは以下の通りです。
【袴田事件をめぐる主な歴史と経緯】
・1966年6月:事件発生。同年8月、静岡県警が袴田巖さんを逮捕。
・1968年9月:静岡地裁が死刑判決(第一審判決)。
・1980年12月:最高裁が上告棄却、死刑確定。
・1981年4月:第1次再審請求を申し立て。
・2008年4月:第1次再審請求棄却確定を受け、第2次再審請求を申し立て。
・2014年3月:静岡地裁(村山浩昭裁判長)が再審開始と死刑・拘置の執行停止を決定、袴田さんが48年ぶりに釈放。
・2023年10月:東京高裁の差し戻し審を経て、静岡地裁で再審公判が開廷。
・2024年9月:静岡地裁(國井恒志裁判長)が無罪判決を言い渡す。
・2024年10月:検察側が上訴権を放棄し、58年ぶりに無罪が確定。
死刑確定囚の再審無罪判決は、免田事件、財部事件、松山事件、島田事件に次ぐ戦後5件目の極めて異例な歴史的司法判断となりました。