タバコと肺がんは無関係?論文の真相と統計のからくりを徹底検証
タバコと肺がんは無関係?論文の真相と統計のからくりを徹底検証とはどんな影響があるのか? 主要なファクトを丁寧に紐解いて紹介します。
否定説の信奉者が最も強力な論拠として提示するのが、「日本の成人男性の喫煙率は1966年の83.7%から2020年代には20%台前半へと激減しているにもかかわらず、肺がんの粗死亡数は右肩上がりに増え続けているではないか」というグラフです。一見すると直感的に納得してしまいそうなこの主張ですが、公衆衛生学や統計学の初歩的な観点から見れば、明白な2つの統計的トリックが仕掛けられています。
1つ目のからくりは、「粗死亡数」と「年齢調整死亡率」の混同です。日本は過去数十年間で世界でも類を見ない超高齢社会へと突入しました。がんは加齢に伴って遺伝子エラーが蓄積することで多発する病気であり、肺がん罹患の好発年齢は60代後半から80代です。喫煙の有無に関わらず、高齢者人口そのものが爆発的に増加すれば、単純な死亡者数(粗死亡数)が増えるのは人口動態上当然の結果です。
この高齢化という歪みを取り除くため、年齢構成を一定(昭和60年モデルなど)に揃えて計算した指標が「年齢調整死亡率」です。国立がん研究センターの公式統計によると、日本人男性の肺がんの年齢調整死亡率は1990年代半ばをピークに明確な減少傾向へ転じています。喫煙率低下に伴い、同年齢集団における肺がんリスクは確実に下がり続けているのです。
2つ目のからくりは、「喫煙から発がんまでのタイムラグ(潜伏期間)」の無視です。タバコに含まれる発がん物質に曝露されたからといって、翌年や数年後に肺がんを発症するわけではありません。DNAの変異が蓄積し、悪性腫瘍として臨床的に発見されるサイズに成長するまでには、通常20年から30年の歳月を要します。
事実、米国をはじめとする各国のデータでも、喫煙率のピークを迎えた約25〜30年後に肺がん死亡率のピークが訪れるというタイムラグが例外なく確認されています。日本において男性喫煙率がピークだった昭和40年代の影響は、1990年代から2000年代初頭の死亡数ピークとして現れており、統計の因果の矢印は完全に整合しています。
なお、医学統計において稀に耳にする「喫煙パラドックス(Smoker's paradox)」という用語も、文脈を無視して悪用されるケースが目立ちます。これは急性心筋梗塞などで運ばれた喫煙者の死亡率が見かけ上低く見える現象などを指しますが、実際には「喫煙者は非喫煙者よりも10歳以上若い段階で重篤な疾患を発症するため、他の持病が少ない」という交絡因子や、喫煙の害に耐えられた強い個体のみが観察集団に残る「生存バイアス」によって生じる擬似相関であることが既に証明されています。