名画『マラーの死』浴室暗殺の真相|ダヴィッドが仕組んだ歴史の罠
名画『マラーの死』浴室暗殺の真相|ダヴィッドが仕組んだ歴史の罠に関する深掘り解説を丁寧に解説いたします。
密室に潜入し、マラーの胸元へ刃を突き立てた人物は、ノルマンディーのカーンから単身パリへ乗り込んできた24歳の旧貴族令嬢、シャルロット・コルデーでした。劇作家ピエール・コルネイユの末裔でもある彼女は、知性と誇り高き気品を備え、後に作家アルフォンス・ド・ラマルティーヌから「暗殺の天使(L'ange de l'assassinat)」と称されることになります。
彼女の凶行の背景にあったのは、ジロンド派への深い共感と、マラーに対する純粋な義憤でした。ジャコバン派主導の恐怖政治によって無実の市民が次々とギロチンへ送られる惨状を目の当たりにした彼女は、元凶とみなしたマラーを排除すれば、フランスに平和と秩序が戻ると確信したのです。パリに到着した彼女はパレ・ロワイヤルの刃物店で黒檀の柄がついた料理用包丁を40スーで購入し、マラーの自宅へと向かいました。
面会を拒絶されかけたコルデーが浴室内への侵入を許された決め手こそ、絵画の中でもマラーの左手に握られている「血塗られた手紙」でした。実際の裁判記録に残る文面には、次のような趣旨が記されていました。
「1793年7月13日、マリー=アンヌ・シャルロット・コルデーから市民マラーへ。私はひどく不幸であるため、あなたの慈悲を受ける正当な権利を有しています」
コルデーは「反革命派(ジロンド派逃亡議員)の密告情報を提供する」と偽ってマラーの警戒を解き、浴槽の横に用意された粗末な椅子に腰掛けました。マラーが裏切り者たちの名前を書き留め、「数日のうちに全員ギロチン送りにしてやる」と呟いた瞬間、彼女は懐から包丁を抜き放ち、マラーの鎖骨下から肺と頸動脈を一撃で貫通させたのです。コルデーは逃亡を図ることなくその場で現行犯逮捕され、法廷で「私は1万人を救うために、1人の人間を殺害した」と毅然と言い放ち、わずか4日後に断頭台の露と消えました。