ひふみん訃報の真相と過去の死亡説|加藤一二三九段が遺した光芒
ひふみん訃報の真相と過去の死亡説|加藤一二三九段が遺した光芒にまつわる最新トピックを詳しく紐解きます。
加藤一二三九段が将棋界、ひいては日本社会に残した足跡は、比類なきスケールを誇ります。その歩みは、まさに日本近代将棋史そのものでした。
1954年、中学3年生(14歳7か月)で四段に昇段し、当時の史上最年少プロ棋士としてデビュー。「神武以来(じんむこのかた)の天才」と謳われ、わずか18歳でA級八段に駆け上がりました。これは現在も破られていない不滅のスピード記録です。1982年には中原誠名人を激闘の末に破り、悲願の名人位を獲得。十段、王位、棋王、王将など数多のタイトルを手中におさめ、通算公式戦対局数2505局(歴代1位)、通算1324勝(歴代3位)という天文学的な数字を刻みました。
そして運命の巡り合わせというべきか、2016年12月24日、加藤九段は藤井聡太四段(当時14歳2か月)の公式戦プロデビュー戦の相手を務めました。加藤九段76歳、藤井四段14歳。実に「62歳差」という公式戦史上最大年齢差の対局は世界的なニュースとなり、加藤九段が敗れたものの、新旧の天才が盤上で交わした情熱は次世代への歴史的バトンタッチとして語り草となりました。
引退後は「ひふみん」として親しまれ、ネクタイを極端に長く結ぶ独特のスタイル、対局中のおやつに板チョコレートを何枚も食べる逸話、豊かな身振り手振りとユーモアあふれる語り口で、将棋に馴染みのなかった若年層や女性層を爆発的に惹きつけました。加藤九段が築いた親しみやすさの土台があったからこそ、現在の将棋ブームの隆盛があることは論を俟ちません。