実住小学校の読み方と閉校理由とは?跡地の現在と統合の真相に迫る
実住小学校の読み方と閉校理由とは?跡地の現在と統合の真相に迫るの背景について、最新情報を基に徹底解説します。
多くの人が「みすみ」「じつじゅう」などと誤読しがちな実住小学校の読み方は「じつずみしょうがっこう」です。一見すると難解なこの校名は、かつてこの一帯に実在した行政地名「四谷実住町(みすみちょう/じつずみちょう)」に深く根ざしています。
江戸期、寺社町として栄えたこの周辺には「実相寺」や「宝住寺」といった寺院が集結していました。明治期に街区が整備された際、双方の文字を取り合わせて生まれたのが合成地名「実住町」でした。実住小学校の歴史と沿革を紐解くと、創立は日露戦争終結から間もない1908年(明治41年)。「東京市実住尋常小学校」として産声を上げ、下町情緒と山手の気品が入り混じる四谷の教育拠点として発展を遂げました。
とりわけ同校の歩みを語る上で外せないのが、1923年(大正12年)の関東大震災です。大火で木造校舎を失った東京市は、都市不燃化政策の一環として強固な鉄筋コンクリート造の「復興小学校」を各地に建設しました。実住小学校もアール・デコ様式を取り入れた堅牢な校舎へと姿を変え、地域の避難所としての機能も兼備。太平洋戦争時の東京大空襲の激甚な戦火を耐え抜き、戦後は新宿区立実住小学校へと改称され、地域コミュニティの中心であり続けました。