明石家さんまの兄弟構成と生い立ち|兄の現在と弟の悲劇の真相
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明石家さんまのルーツをたどると、和歌山県東牟婁郡古座町(現・串本町)で生まれ、幼少期に奈良県奈良市へと転居した生い立ちに行き着きます。実家は父・恒(つねし)さんが営む水産加工業「杉本水産」を営んでおり、家業は朝早くから活気に満ちていました。
しかし、家庭環境は決して平坦なものではありませんでした。さんまがわずか3歳のとき実母が病気で他界。幼心に母親の温もりを十分に記憶できないまま、2歳年上の実兄・正樹氏とともに男手一つで育てられました。その後、小学校高学年の頃に父親が再婚し、新しい母親(継母)と、のちに生まれる弟・千寿さんを迎えることになります。
幼少期のさんまは、新しい母親に少しでも認められたい、喜んでもらいたい一心で、毎日必死に面白い冗談を言って笑わせようと試みていました。しかし、ある夜、隣の部屋から継母が漏らした「あの子(さんま)の気持ちがどうしても掴めない」という呟きを耳にしてしまい、布団の中で声を殺して泣いたという逸話は、自著や特番インタビューでも赤裸々に語られています。誰かを笑わせるという行為の根底には、幼少期に生き抜くために身につけた切実な生存戦略があったことがうかがえます。