【幕末史】攘夷派とは?開国派・佐幕派との違いや思想の真相を解説
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慶応3年(1867年)の大政奉還と翌年の戊辰戦争を経て明治政府が誕生した際、多くの人々は「いよいよ外国人が追い払われる」と期待しました。しかし、新政府が打ち出した基本方針は、驚くべきことに完全な開国和親でした。
新政府の中枢に就いた伊藤博文、山県有朋、大久保利通ら旧攘夷派のリーダーたちは、かつての排外主義をきっぱりと捨て去り、岩倉使節団を欧米へ派遣して近代国家制度の導入を進めました。この思想的変遷を歴史学では小攘夷から大攘夷への転換と呼びます。
「大攘夷」とは、目先の外国人を斬り捨てるのではなく、積極的に西洋の進んだ軍事・経済・社会システムを吸収して国力を高め、将来的に不平等条約を改正して欧米と対等な立場に立つという思想です。結果として、幕末に誰よりも熱心に攘夷を叫んでいた志士たちこそが、明治日本の「文明開化」と「富国強兵」を猛烈なスピードで推し進める主役となったのです。