佐藤栄作の家系図を徹底解剖!岸信介や安倍晋三へ続く歴代総理の血脈
佐藤栄作の家系図を徹底解剖!岸信介や安倍晋三へ続く歴代総理の血脈の全体像を詳しく解説してご紹介します。
同じ両親から生まれた実の兄弟でありながら、なぜ兄は「岸」で弟は「佐藤」なのかという疑問は、家系図を調べる多くの人が抱くポイントです。この名字の違いには、明治から大正期における日本の家督相続と養子縁組の歴史が背景にあります。
もともと父親の佐藤秀助は、旧長州藩士・岸家の出身でした。秀助が佐藤家の婿養子となって「佐藤」姓を名乗った後、次男として生まれたのが信介(出生名は佐藤信介)です。その後、信介が中学校(旧制山口中学)3年生のとき、男子の後継ぎがいなかった父の実家・岸家(伯父の岸信政)へ養子に入ったことで、本来のルーツである「岸」姓へ復姓しました。
一方、三男の栄作は佐藤家の籍にとどまったため、実の兄弟でありながら「岸信介」と「佐藤栄作」という異なる名字で歴史に名を刻むことになりました。
なお、佐藤家には2人の首相の上に長男・佐藤市郎がいました。市郎は海軍兵学校を首席で卒業し、海軍中将まで上り詰めた傑物で、地元山口では「市郎が一番の秀才」と称えられていたほどです。軍事・政治の両面で頂点を極めた「佐藤三兄弟」の存在は、当時の日本社会でも際立った名門として畏敬を集めました。