川上憲伸の現在と引退の真相|カットボール誕生秘話から最高年俸まで
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川上氏の球歴を振り返ると、常に逆境を乗り越えながら頂点へと駆け上がっていった軌跡が浮かび上がります。徳島県立徳島商業高校時代にはエースとして甲子園に出場し、名門・明治大学へ進学。東京六大学野球では通算28勝をマークし、当時の歴代屈指の剛腕として名を馳せました。
1997年のドラフト会議で中日ドラゴンズを逆指名し、ドラフト1位で入団。プロ1年目の1998年から先発ローテーションに定着して14勝6敗、防御率2.57という堂々たる数字を残し、セ・リーグ新人王に輝きました。その後、右肩の故障による離脱を経験しながらも復活を遂げ、2004年には17勝を挙げて最多勝と沢村栄治賞を獲得。2006年にも17勝・194奪三振で投手2冠を達成し、チームを力強く牽引しました。
NPB通算成績は、117勝72敗1セーブ、防御率3.22。力強いストレートと正確無比なコントロール、そして何よりも打者の手元で鋭く変化するカットボールを武器に、ドラゴンズの歴史に深く名を刻みました。