名作『タッチ』最終回の真相と和也の死|令和に響くあだち充の革命
名作『タッチ』最終回の真相と和也の死|令和に響くあだち充の革命にまつわる役立つ知識を分かりやすく発信ます。
『タッチ』が半世紀近くにわたり色褪せない理由の一つに、登場人物たちの心の襞(ひだ)を抉り出す卓越したセリフ回しがあります。過剰な説明を排除し、短いフレーズの中に複雑な心情を凝縮させる技法は、日本の漫画表現における到達点と評されています。
「きれいな顔してるだろ。ウソみたいだろ。死んでるんだぜ。それで…」
病院の霊安室で、冷たくなった和也を前に達也が放った一言。直前まで誰もが信じられなかった現実を、誰よりも認めたくないはずの達也が乾いた言葉で表現するこのシーンは、極限の悲嘆(グリーフ)が生み出す人間の防衛機制を見事に捉えています。
「タッちゃん、南を甲子園につれてって」
浅倉南の代名詞とも言えるこの願いは、単なるヒロインの我が儘ではなく、達也の中に眠る本物の才能を誰よりも信じ、彼を日の当たる場所へ引っ張り出そうとする切実な願いでした。和也の夢を背負いながらも、達也自身の覚醒を促す二重の祈りが込められています。
「上杉達也は浅倉南を愛しています。世界中の誰よりも」
「たいがいのことは我慢できます。でも、浅倉南が他の男に取られるのだけは我慢できません」という前段階を経て放たれた告白。それまで「弟への遠慮」「周囲からの期待」という重圧に縛られていた達也が、初めて利他的な仮面を脱ぎ捨て、むき出しのエゴイズムとして自分の愛を宣言した瞬間です。