河野太郎の祖父・河野一郎とは何者か?五輪立役者と急死の真相
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自民党内で一大勢力を誇った河野派(春秋会)を率いた一郎は、官僚出身者が幅を利かせる派閥(吉田茂の流れを汲む池田勇人派や佐藤栄作派)に対し、たたき上げの議員たちを結集して対峙しました。
副総理や企画庁長官など要職を歴任し、政策通としても知られた一郎の元には、中曽根康弘をはじめとする気骨ある若手政治家が結集。一郎は「情の政治家」としても知られ、面倒見の良さと親分肌の気質で子分たちから絶大な忠誠を集めました。
「俺は天下の河野一郎だ」「やると決めたらテコでも動かん」といった歯切れの良い言動は、大衆からも絶大な人気を誇りました。池田勇人首相の退陣に伴う後継争いでは、佐藤栄作と激しい総裁の座を争い、保守本流の権力闘争において台風の目であり続けました。