指名手配・桐島聡の逃亡50年|偽名「内田洋」の潜伏生活と最期の全貌

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桐島聡が警視庁公安部に特別手配された直接の容疑は、爆発物取締罰則違反です。1975年4月18日、東京・銀座の「韓国産業経済研究所」のビル入口に手製の時限信管付き爆弾を仕掛け、翌19日に爆発させて建物を損壊させた事件に関与したとされています。

桐島が所属していたのは、極左過激派組織「東アジア反日武装戦線」の独立セル「さそり」でした。同組織は1974年の三菱重工ビル爆破事件(死者8名、重軽傷者376名)をはじめとする連続企業爆破事件を主導。日本のアジア進出企業を「帝国主義侵略の尖兵」とみなし、10件以上に及ぶ無差別爆破テロを敢行しました。

1975年5月19日、主要メンバー7名が一斉に逮捕された際、明治学院大学法学部に在籍していた桐島は警察の追手を察知して逃亡。実家の広島県や知人宅を経由して資金工面を試みた形跡を最後に、日本の警察史上最長となる逃避行へと姿を消しました。

松本 悠斗

松本 悠斗

サステナビリティ研究家

マネー知識やキャリア形成に役立つノウハウを、初心者にも分かりやすく解説するのが得意です。

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