上島竜兵が今も愛される理由|妻と芸人仲間が語る素顔と名芸の軌跡
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上島竜兵さんの歩みは、最初からお笑い芸人を目指していたわけではありませんでした。1961年に兵庫県で生まれた上島さんは、名門・劇団テアトル・エコーの養成所に籍を置き、本格的な役者を志していました。青年期の舞台経験で培われた身体表現能力や間(ま)の取り方が、後のリアクション芸における卓越した基礎体力となった事実は、芸能関係者の間でも広く知られています。
転機となったのは、同劇団の養成所で出会った肥後克広、寺門ジモン、そして南部虎弾(後に電撃ネットワークを結成)らとの出会いでした。1985年にダチョウ倶楽部を結成。南部氏の脱退を経て3人体制となったトリオは、『ビートたけしのお笑いウルトラクイズ』(日本テレビ系)を皮切りに爆発的なブレイクを果たします。過酷な状況下で見せる上島さんの豊かな表情と絶妙なリアクションは、お茶の間の心を一気に掴みました。
当時のバラエティ番組において、リアクション芸人は時に過酷な役割を担わされましたが、ダチョウ倶楽部の笑いは過激さのなかに常に徹底したユーモアと温かさを宿していました。リーダーの肥後克広さんが全体を俯瞰して場を整え、寺門ジモンさんが独自の熱量でかき回し、最後に上島竜兵さんが完璧なタイミングでオチをつける。この完成された三位一体の芸風こそが、平成のテレビ文化を決定づけたのです。