モンキー・パンチが遺したルパン三世の真実|原作の毒とアニメの光
モンキー・パンチが遺したルパン三世の真実|原作の毒とアニメの光を徹底追究! 読者が気になる 重要ポイントを凝縮して配信します。
アニメ史上の金字塔と名高い1979年の劇場映画『ルパン三世 カリオストロの城』。宮崎駿が長編アニメーション初監督を務めたこの傑作は、興行収入こそ公開当時は約6億円と振るわなかったものの、テレビ放映を重ねるごとに社会現象となりました。しかし、この作品におけるルパンの「少女を救う白馬の騎士」的な描写に対し、原作者であるモンキー・パンチがどのような感情を抱いていたかについては、ネット上でも長年さまざまな憶測が飛び交っています。
不仲説や激怒説が囁かれることもありますが、事実ははるかに成熟したクリエイター同士の距離感にありました。モンキー・パンチは完成試写の場において、映画としての圧倒的な作劇レベルとアニメーションのダイナミズムを率直に賞賛しました。その一方で、親しい編集者や後年のインタビューに対しては、微笑を浮かべながら次のように明言しています。
「作品としては本当に素晴らしい大傑作です。でも、あれは僕の描いたルパンではない。宮崎駿さんのルパンです」
この発言は決して批判や拒絶ではありません。自らの手から離れ、異なる作家のフィルターを通して再解釈されることを面白がるモンキー・パンチの懐の深さを示しています。自身も1996年の劇場版『ルパン三世 DEAD OR ALIVE』で監督を務めた際、自作の原点であるハードボイルドとエロティシズムの復権を試みましたが、アニメ制作の現場における集団作業の難しさを肌で実感したと述懐しています。他者の個性を認めつつ、自己の核を守り続けた姿勢こそが、長きにわたるシリーズの多様性を担保したのです。