沖縄唯一のデパート「琉貿」の軌跡!歴史と今選ばれる理由

沖縄唯一のデパート「琉貿」の軌跡!歴史と今選ばれる理由の基本情報から最新動向までを一挙に解説しました。

昭和から平成にかけて、那覇の商業地図は「3大百貨店」の激しい競争の中にありました。国際通りには琉貿百貨店に加え、戦前からの長い歴史を持つ「沖縄山形屋」、そして1957年創業の大越百貨店を前身とする「沖縄三越」が立ち並び、沖縄の流行発信地として賑わいを見せていたのです。

しかし、1990年代以降の急激なモータリゼーションと郊外型大型ショッピングモールの台頭により、中心市街地の集客構造は一変します。駐車場不足や商業拠点の分散が直撃し、2000年に沖縄山形屋が閉店。さらに2014年には沖縄三越が半世紀以上の歴史に幕を下ろすこととなりました。

ライバルが次々と姿を消す中、リウボウが唯一生き残った最大の要因は、先を見据えた立地戦略とブランド再構築にあります。リウボウは1991年、国際通りの旧店舗から、那覇市役所や沖縄県庁に隣接する再開発ビル「パレットくもじ」の核テナント「デパートリウボウ」へと全面移転を果たしました。後に開通する沖縄都市モノレール(ゆいレール)の県庁前駅と直結する導線を確保したことで、官公庁街のビジネスパーソンや通勤通学客、さらには空港からの観光客をダイレクトに取り込む強固な顧客基盤を確立したのです。

木村 陽翔

木村 陽翔

テックライター兼ウェブディレクター

デジタルガジェットとスマート家電の検証記事を多数執筆。失敗しないモノ選びを提案します。

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