三島由紀夫と名刀・関の孫六|市ヶ谷に散った愛刀の真贋と現在の行方
三島由紀夫と名刀・関の孫六|市ヶ谷に散った愛刀の真贋と現在の行方を徹底追究! 読者が気になる 情報と解説を分かりやすく展開します。
Q1:三島由紀夫が持っていた関の孫六は結局、本物だったのですか?
A1:茎に「関住兼元」の銘がありましたが、美術刀剣の厳密な鑑定基準では「二代孫六兼元の正真作」とする説と「室町末期以降の兼元銘、もしくは後代の作」とする説で分かれています。ただし、実戦刀としての性能は極めて高く、三島自身は孫六の本物であると確信して愛用していました。
Q2:介錯の際に刀が刃こぼれし、曲がってしまったのはなぜですか?
A2:介錯を務めた森田必勝が極度の緊張状態にあり、三島の首骨(頸椎)や周囲の床材へ斜めに強い衝撃を与えてしまったためです。いかに頑強な美濃の実戦刀であっても、骨や硬質物への激しい打ち損じによって刀身が曲がり、刃こぼれが生じました。
Q3:現在、三島由紀夫の関の孫六を一般の展示や博物館で見ることはできますか?
A3:見ることはできません。裁判終了後に遺族へ返還されて以降、三島家の強い方針により一般公開や寄託は一切行われておらず、非公開のまま厳重に保管されています。