ゴールデンカムイ鯉登少尉の過去と結末|鶴見への狂信脱却とその後
ゴールデンカムイ鯉登少尉の過去と結末|鶴見への狂信脱却とその後に関する専門家の意見を詳しく解説いたします。
鯉登音之進の人間性を語る上で避けて通れないのが、14歳の海軍兵学校予科時代に函館で発生した誘拐事件の真相です。当時の音之進は、日清戦争の黄海海戦で戦死した優秀な兄・虎之進へのコンプレックスと、「自分は兄の身代わりにもなれない出来損ないだ」という強い自己否定感に苦しんでいました。
実父である海軍少将・鯉登平之丞は、厳格かつ無口な武人であったため、息子に対する深い愛情を言葉で伝えることができず、父子の間には深刻なディスコミュニケーションが生じていました。この家庭内の心理的間隙を冷徹に見抜いたのが、当時ロシアとの開戦を見据えて海軍勢力への足がかりを欲していた鶴見中尉(鶴見篤四郎)です。
鶴見中尉は、元ロシア軍人やキロランケ、尾形百之助らを抱き込み、音之進を拉致させる「狂言誘拐」を周到に演出しました。平之丞が息子を救うために国家の軍艦運用規定すら破る覚悟を持っていた事実をあえて隠蔽し、自らがバイクで颯爽と救出に現れることで、多感な少年にとっての「絶対的な救世主」の座を強奪したのです。救出直後に手渡された月見団子の味とともに、音之進の心には鶴見に対する盲目的な狂信が深く刻み込まれることになりました。