城島茂の若い頃が超絶イケメン!平家派からTokio誕生の真相
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城島茂氏の芸能活動の原点を語る上で欠かせないのが、1986年のジャニーズ事務所入所と、その後に結成された伝説的ユニット平家派での活動です。当時、爆発的な社会現象を巻き起こしていた光GENJIのバックダンサーグループとして結成された平家派には、城島氏のほかに国分太一氏、V6の坂本昌行氏、長野博氏、井ノ原快彦氏らが在籍しており、まさに後の平成アイドル界を支える逸材が揃う梁山泊のような場でした。
平家派において城島氏は、最年長格として後輩たちをまとめつつ、ダンスパフォーマンスだけでなく「楽器演奏」という独自の武器を磨き始めます。当時から洋楽ロックやブルースに傾倒していた城島氏は、自らのアイデンティティをダンスアイドルから「バンドのギタリスト」へと見出していきました。この時期の真摯な鍛錬が、後の城島茂 ギターの腕前の礎となっています。
1989年、城島氏はベーシストの山口達也氏とともに「城島茂バンド(通称:ジョーバンド)」を結成。その後、国分太一氏、松岡昌宏氏、長瀬智也氏が合流し、1994年9月21日にシングル『LOVE YOU ONLY』でTOKIO デビュー当時の華々しいスタートを切ることになります。ジャニーズ事務所において「本格派ロックバンド」という前例のない道を切り拓いた背景には、城島氏が若き日に貫いた音楽への強いこだわりがありました。