片岡鶴太郎の伝説ネタ「マッチでーす」誕生秘話と近藤真彦の絆

片岡鶴太郎の伝説ネタ「マッチでーす」誕生秘話と近藤真彦の絆の注目されている理由をコンパクトにまとめました。全体像を一目で把握できます。

1980年代初頭、たのきんトリオの一角として『スニーカーぶる〜す』『ギンギラギンにさりげなく』『ハイティーン・ブギ』などのメガヒットを連発していた近藤真彦は、不良っぽさと甘いルックスを兼ね備えた絶対的なティーンのカリスマでした。その圧倒的なアイコン性に目をつけたのが、当時新進気鋭のモノマネ芸人として頭角を現していた片岡鶴太郎です。

モノマネの誕生について、片岡鶴太郎は自著や回顧録の中で「徹底的な観察と、あえて本人が一度も口にしていない言葉をシンボル化する手法」であったと明かしています。実は、近藤真彦本人がステージやテレビで「マッチでーす!」と自己紹介した事実は一度もありません。鶴太郎は、近藤のトレードマークであった黒の革ジャン、リーゼント風のヘアスタイル、そして歌唱時に見せる独特のシャウトや首の角度を極端に誇張し、キャッチーな挨拶フレーズとしてあの甲高い叫び声をパッケージングしたのです。

1981年にスタートした『オレたちひょうきん族』の舞台でこのネタが披露されるや否や、日本中の小中学生が教室で首を傾けながら「マッチでーす!」と叫ぶ社会現象へと発展しました。端正なロックスター像をコミカルかつパワフルに再解釈した鶴太郎の芸は、土曜夜のテレビカルチャーの象徴となりました。

高橋 健太

高橋 健太

ライフスタイル編集者

Webメディアでの編集・執筆歴10年。読者の好奇心を刺激するストーリー作りを心がけています。

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