柳条湖事件の真相と満州事変の全貌|石原莞爾の思惑と自作自演を完全解説
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柳条湖事件が日本近代史において最大の悲劇の出発点とされる理由は、軍事的な侵略にとどまらず、「シビリアンコントロール(文民統制)の完全な崩壊」を決定づけた点にあります。
事件発生当初、若槻内閣は「事態の不拡大方針」を閣議決定していました。しかし、関東軍は政府の命令を無視して独断で戦線を拡大。陸軍中央も現地軍の行動を追認し、政府は事後承認を強いられ続けました。さらに新聞各社を中心とするメディアは軍の戦勝をセンセーショナルに報道し、熱狂した国民世論が軍部を後押ししました。
「軍が独断専行で既成事実を作れば、政府も世論も後からついてくる」という悪しき成功体験は、その後の五・一五事件(1932年)や二・二六事件(1936年)を経て軍部の政治的発言力を決定的なものにし、やがて太平洋戦争への破滅的な道へと突き進む土壌を作り上げたのです。