阿部定事件から90年|愛慾の果てに局部を切断した動機と数奇な余生

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当時、世間を驚かせたもうひとつの焦点が、下された司法判断の軽さでした。検察側の求刑懲役10年に対し、東京地裁が言い渡した判決は懲役6年。死刑や無期懲役が科されてもおかしくない猟奇事件において、なぜこの量刑となったのか、阿部定の判決理由には当時の司法精神医学の判断が色濃く反映されていました。

裁判所は、定が持っていた「心因性のヒステリー性格」と、吉蔵に対する病的な独占欲による「心神耗弱状態」を認定しました。吉蔵自身が窒息行為を要求していた背景や、金品奪取を目的とした強盗殺人ではなく純粋な情痴に基づく犯行であった情状が汲み取られた結果です。

事件名・項目詳細・判決結果一般的な基準・相場編集部の見解・分析阿部定事件(1936年)求刑懲役10年に対し、懲役6年の有罪判決。恩赦により約4年半で出所。殺人および死体損壊罪では無期懲役または死刑が通例。極度の痴情・精神的耗弱と被害者の同意的要素が認められた極めて異例の量刑。二・二六事件(1936年)との時代対比事件の約3か月前に発生。戒厳令下の重苦しい世情。軍事クーデターによる厳戒態勢と情報統制。国家主義の抑圧に対する反動として、大衆の関心が性愛事件に異常集中した。他の昭和猟奇事件との比較津山三十人殺し(1938年)や小平事件(1946年)など。無差別殺人・連続強姦殺人は死刑または自決。他者に危害を及ぼさない「閉じた二人だけの世界」であった点が大衆の同情を呼んだ。

昭和猟奇事件の歴史を紐解くと、この事件がこれほど強烈に消費された最大の要因は「時代背景」にあります。軍国主義へと傾倒し、自由な言論や生活が圧殺されつつあった暗い時代に、個人の究極的なエロティシズムと情念を剥き出しにした阿部定の事件は、大衆にとってある種の強烈な心理的解放口として機能してしまったのです。

鈴木 陽菜

鈴木 陽菜

テックライター兼ウェブディレクター

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