初期の携帯電話はなぜ3Kgもあったのか?バブルの真相と進化の全貌
初期の携帯電話はなぜ3Kgもあったのか?バブルの真相と進化の全貌の真相や最新動向に迫る! 専門的な視点で紐解きます。
ショルダーホンの誕生から2年後の1987年、日本の移動体通信史における極めて大きなマイルストーンが打ち立てられます。日本初の純粋なハンドヘルド携帯電話、NTT 初代携帯電話 TZ-802型のリリースです。
TZ-802型はショルダーストラップを廃止し、本体サイズ約120mm×42mm×180mm、重量約900gへと大幅なダイエットに成功しました。現代の視点で見れば「巨大な直方体」であり、街頭では「黒電話の受話器付きレンガ」や「弁当箱」などと揶揄されましたが、片手で持ち歩いて耳に当てられるスタイルは当時、未来のSF世界が現実になったかのような衝撃を与えました。
しかし、NTTによる国内市場の独占体制は長くは続きませんでした。1988年、規制緩和によって日本移動通信(IDO、現au)および関西セルラーをはじめとするDDIセルラーグループが新規参入を果たします。競争原理が持ち込まれた市場に、アメリカから文字通りの「黒船」として上陸したのが、モトローラ マイクロタック(MicroTAC 9800X)でした。
1989年に投入されたマイクロタックの放つ存在感は圧倒的でした。ダイヤルキー部分を折りたたみ式のフリップカバーで保護する先鋭的なデザインを採用し、重量はなんと約300g。TZ-802型の3分の1という驚異的な軽さを達成していたのです。スーツの内ポケットから滑り出させ、親指でフリップをパチンと弾き開けてアンテナを伸ばす所作は、当時のビジネス街で最も洗練されたステータスシンボルとなりました。
モトローラの猛追に危機感を募らせたNTTは、技術者の威信をかけて超小型端末「ムーバ(mova)」シリーズの開発へ突入します。1991年に登場した初代ムーバは重さ約150gを達成。日米の技術覇権を賭けた激しい小型化競争が、日本の携帯電話産業を世界最高峰の集積技術へと押し上げる原動力となったのです。