衆議院解散でなぜ万歳?議員失職なのに叫ぶ決定的な理由と起源
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「衆議院解散の万歳はいつから始まったのか」という起源の探求には、議会制民主主義の揺籃期における壮絶な政争が関係しています。国会図書館の憲政史資料や議事録を精査すると、その始まりは今から120年以上前、明治時代中期にまで遡ります。
有力な定説とされているのが、1897年(明治30年)12月25日の第11回帝国議会における解散劇です。当時、松方正義内閣は野党勢力による激しい内閣不信任案の提出に直面し、進退窮まって衆議院解散に踏み切りました。議長が解散の詔書を読み上げた瞬間、政府の強権的な議会運営に憤った野党議員たちが、自席から立ち上がって「万歳!」と連呼したと記録されています。
驚くべきことに、この最初の万歳は喜びの歓声ではなく、「政府よ、解散するなら受けて立とうではないか」「これで内閣も総辞職に追い込んでやる」という強烈な反発と皮肉の叫びでした。相手を挑発し、議場を騒然とさせるためのアジテーション(煽動)として放たれた叫び声が、皮肉にも後世の慣習へと変質していったのです。
その後、大正デモクラシーや昭和初期の政党政治の時代を経て、1953年(昭和28年)の吉田茂首相による「バカヤロー解散」など、歴史的な政治決戦の節目ごとに万歳三唱はドラマチックな演出として定着していきました。昭和後期以降は与野党を問わず、本会議場全体が一体となって腕を突き上げる「儀式化」が進み、発祥当時のトゲのある反抗心は薄れ、現在の「お約束のセレモニー」へと変遷を遂げました。