旧海軍司令部壕の弾痕と決死の電報|沖縄戦の悲痛な真相と見学ガイド
話題沸騰中の 旧海軍司令部壕の弾痕と決死の電報|沖縄戦の悲痛な真相と見学ガイドについて、主要な情報を分かりやすく掲載しています。
旧海軍司令部壕を語る上で欠かせないのが、大田実海軍少将が自決のわずか7日前、1945年6月6日に海軍次官宛てへ発信した「決死の電報」です。通常、軍の公式電報は戦況報告や暗号化された軍事情報に限られますが、大田少将が認めた長文の電文は、自らの戦功ではなく沖縄県民の苛烈な献身と犠牲を中央へ直接訴え出るという、軍事史上極めて異例の内容でした。
電文の結びとして広く知られる一節が、次の言葉です。
「沖縄県民斯ク戦ヘリ 県民ニ対シ後世特別ノ御高配ヲ賜ランコトヲ」(沖縄県民はこのように戦い抜いた。県民に対して、後世、特別なご配慮を賜らんことを)
電文中には、若い女性が砲弾の雨の中を看護や給水に奔走した姿、老人や子どもまでもが防空壕掘りに駆り出され、家財を焼き尽くされながらも不平一つ言わずに軍を支え続けた実態が克明に綴られています。陸軍主導の沖縄防衛戦において、小禄半島に孤立無援となった海軍陸戦隊を率いた大田少将は、軍の命令に従い塗炭の苦しみを味わった民間人の姿を誰よりも間近で見ていました。自らの死を目前にしながら、本土政府に対して「沖縄を見捨てないでほしい」と願ったこの言葉は、単なる美談ではなく、軍人としての痛恨と責任感、そして民衆への深い敬意が込められた歴史的証言といえます。