中曽根康弘が100歳まで驚異の若さを保てた理由とは?独自の健康法を徹底解説

中曽根康弘が100歳まで驚異の若さを保てた理由とは?独自の健康法を徹底解説について押さえておきたい ポイントを厳選して解説いたします。

2018年5月27日、中曽根康弘元首相が満100歳の誕生日を迎えたという一報は、政界のみならず社会全体に驚きをもって受け止められました。内閣総理大臣を経験した人物が100歳を迎えたのは、戦後直後の1945年に首相を務めた東久邇宮稔彦王(ひがしくにのみやなるひこおう)以来、史上2人目の快挙でした。とりわけ1947年施行の日本国憲法下で首相の座に就いた人物としては、憲政史上初の百寿到達という金字塔を打ち立てたのです。

群馬県高崎市出身の中曽根氏は、旧制静岡高校、東京帝国大学法学部政治学科を経て内務省に入省。海軍主計士官として大戦を経験したのち、1947年の衆議院議員総選挙で初当選を果たしました。以降、連続当選20回、議員在職50年を超え、第71代から第73代の内閣総理大臣(1982年〜1987年在任)として国鉄や電電公社の民営化、日米関係の再構築など数々の歴史的改革を断行しました。

政界を引退した後も、世界平和研究所(現・中曽根平和研究所)の会長として精力的に提言を続け、100歳を迎えた当日も自らの足跡を振り返るコメントを発表。大正7年(1918年)生まれの指導者が平成の幕引きを前にしてなお、凛とした姿勢を保ち続けた姿は、まさに生きた日本近現代史そのものでした。

山崎 陸

山崎 陸

ガジェット&アプライアンスライター

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