なぜ日本海と太平洋を跨ぐ異例合併?旧熊石町の知られざる真相と驚きの現在
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北海道の行政区分において、旧熊石町はもともと檜山支庁(現・檜山振興局)爾志郡に属していました。一方の旧八雲町は渡島支庁(現・渡島総合振興局)山越郡であり、両町の間には急峻な遊楽部岳(ゆうらっぷだけ)をはじめとする山岳地帯が立ちはだかっていました。通常であれば同一支庁内の江差町や乙部町との合併を模索するのが行政の定石でしたが、熊石町が選んだのは峠の向こう、太平洋側の八雲町でした。
この異例の決断に至った熊石町 八雲町 合併の真相を紐解く最大の鍵は、「日常の生活・医療圏」にあります。1970年代に難所であった雲石峠(現在の国道277号)が開通・整備されたことで、熊石から八雲中心部へのアクセスは劇的に改善しました。高度医療を担う総合病院(八雲総合病院)への通院、高校への通学、さらには特急列車が停車するJR函館本線八雲駅の利用など、熊石住民の実生活は檜山南部以上に八雲町と深く結びついていたのです。
当時の町政関係者の回想録や議会記録にも、「形式的な管轄の枠組みよりも、救急搬送の所要時間と住民の命を最優先すべきだ」という悲痛かつ現実的な声が色濃く残されています。北海道庁や関係機関との激しい協議の末、支庁の枠を飛び越える形で北海道二海郡八雲町熊石が誕生しました。「二海郡(ふたみぐん)」という新設の郡名は、日本海と太平洋という二つの海を抱く全国唯一の町となった誇りを象徴しています。