安野光雅生誕100年の真実!だまし絵と名作『旅の絵本』が今響く理由
安野光雅生誕100年の真実!だまし絵と名作『旅の絵本』が今響く理由にまつわる興味深い視点を詳しく紐解きます。
安野光雅の代名詞とも言えるのが、初期のだまし絵絵本『ふしぎなえ』(1968年刊行)です。上に向かって登っているはずの階段がいつの間にか下り階段になり、天井と床が反転し、滝の水が重力を無視して円環を描く――。オランダの版画家M.C.エッシャーの錯視芸術やトポロジー(位相幾何学)の着想を取り入れたこの処女作は、当時の福音館書店の名編集者・松居直の眼に留まり世に出ました。自著の手記『絵のある人生』において、安野本人は「人間は物事を自分の都合のいいようにしか見ていない。その目の錯覚や思い込みを暴くことが、何より愉快だった」と述懐しています。
子ども向け絵本といえば「親しみやすい動物や教訓的な物語」が絶対の主流だった昭和40年代、文字が一切なく、読者に「あり得ない構造」をじっくりと観察させる試みは前代未聞でした。しかし、この作品は日本国内にとどまらず、アメリカやヨーロッパでも出版され、世界中の知的好奇心を刺激するロングセラーとなったのです。
そして1977年に第1巻が刊行された『旅の絵本』シリーズは、安野芸術のひとつの頂点を築きました。青い服を着た一人の旅人が馬に乗り、中部ヨーロッパの農村から港町、古都へと歩みを進める風景が、精緻を極めた淡い水彩画で描かれます。ここにも文字は一文字もありません。しかし、画面を凝視すると、路地裏で『赤ずきん』や『ハーメルンの笛吹き男』などの童話の主人公が歩いていたり、名画『落穂拾い』のワンシーンが自然な日常として溶け込んでいたりします。
「言葉で説明してしまうと、読者はその言葉に縛られて絵を見ることをやめてしまう」。安野が生前のインタビューで残したこの言葉どおり、『旅の絵本』は読者一人ひとりに自分だけの物語を紡ぎ出させる、無限の余白を持った「観る文学」として、世代を超えて読み継がれています。