香川県の県庁所在地はなぜ高松?丸亀との歴史的攻防と丹下建築の真価
香川県の県庁所在地はなぜ高松?丸亀との歴史的攻防と丹下建築の真価について知っておくべき 注意点を厳選して解説いたします。
ネット上のQ&AサイトやSNSでは、香川県の県庁所在地に関して事実と異なる俗説が散見されます。調査報道の視点から、特に拡散されやすい2つの誤解を正します。
誤解1:「瀬戸大橋の架橋地点だから高松が県庁になった?」
時系列を混同した典型的な誤解です。瀬戸大橋(本州四国連絡橋 児島・坂出ルート)の開通は1988年(昭和63年)であり、高松が県庁所在地に定められた1870〜1880年代とは丸々1世紀の開きがあります。さらに言えば、瀬戸大橋が接続しているのは高松市ではなく坂出市です。高松が選定されたのは近代の道路・橋梁技術によるものではなく、前述の通り江戸期以来の北前船や内海航路を支えた港湾インフラが基盤です。
誤解2:「四国で一番面積が狭いから、高松と丸亀のどちらでも行政コストは変わらなかった?」
香川県は1988年以降、大阪府の埋め立て地拡大によって「日本一面積が小さい都道府県」となりました。そのため「端から端まで車ですぐ移動できるため、県庁がどこにあっても同じだったのではないか」と語られることがあります。しかし、明治初期には自家用車も鉄道もなく、主な移動手段は徒歩と船でした。東讃と西讃の間には五色台などの山が横たわっており、内海の定期船航路が集中する高松に拠点を置くことは、当時の行政伝達スピードにおいて死活問題だったのです。
【プロの結論】高松探訪で知見を最大化できる人・避けるべき人の判断基準
県都・高松の歴史と名建築を巡るフィールドワークは、旅行者の知的好奇心によって得られる満足度が大きく分かれます。自身の旅行スタイルに合致しているかを判断するための基準を提示します。