坂本龍馬の愛刀・陸奥守吉行の真相|焼失説覆した最新鑑定と現在
坂本龍馬の愛刀・陸奥守吉行の真相|焼失説覆した最新鑑定と現在に関する専門家の意見を分かりやすく解説いたします。
陸奥守吉行と坂本龍馬の結びつきは、文久年間まで遡ります。脱藩して国事に奔走する龍馬を案じた兄・坂本権平が、坂本家の重宝であった吉行を龍馬へ送ったことがすべての始まりでした。龍馬は姉や兄に宛てた手紙の中で「吉行の刀を送ってくれたこと、実に感謝に堪えない」「天下の動乱において、この刀ほど頼もしいものはない」と熱く語り、生涯肌身離さず佩用しました。
運命の日となった慶応3年(1867年)11月15日、京都河原町の近江屋で中岡慎太郎と密談中、見廻組とされる刺客の急襲を受けた際も、龍馬はこの吉行を抜いて応戦しました。刺客の初太刀を受け止めた際、鞘ごと削られた生々しい痕跡が残されたと伝えられています。龍馬落命の後、刀は土佐藩関係者を経て龍馬の生家である坂本家へと返還され、激動の維新を生き延びた一族の誇りとして丁重に受け継がれていきました。