庚戌国恥とは?韓国が8月29日を「国恥日」と呼ぶ背景と日韓併合の真実

庚戌国恥とは?韓国が8月29日を「国恥日」と呼ぶ背景と日韓併合の真実について押さえておきたい 理由を分かりやすく解説いたします。

日本のインターネット上や歴史論争において、しばしば「韓国側も併合を望んでいた」「自ら合邦を請願したのだから侵略ではない」という言説が散見されます。その最大の根拠として挙げられるのが、当時10万人以上の会員を擁したとされる大韓帝国の政治団体「一進会(イルジンフェ)」による「韓日合邦請願」です。

しかし、近年の歴史研究や機密解除文書の精査によって、この「自発的合邦論」の実態には大きな隔たりがあることが明らかになっています。一進会の指導者であった李容九(イ・ヨング)らが思い描いていた「合邦」は、大韓帝国が日本と対等な立場で連邦を形成する「大韓・日本二重帝国(オーストリア=ハンガリー二重帝国のような形態)」であり、完全な主権譲渡ではありませんでした。

日本政府および統監府は、一進会の請願運動を「併合は現地民の希望でもある」という対外向けのアリバイとして利用したものの、連邦制の要求は完全に一蹴しました。条約調印直後の1910年9月、日本側は一進会に対して解散を命じ、わずかな解散手当を与えて排除しています。自著や当時の回顧録において、李容九自身が「我々は欺かれた」と激しい絶望を吐露した記録が残っていることからも、現地の請願運動が日本の併合構想と決定的に乖離していたことは歴史的事実です。

また、ネット掲示板やSNSで頻繁に議論される「純宗皇帝の玉璽(ぎょくじ)偽造説」についても冷静な検証が求められます。「皇帝が署名していないため無効である」という主張がある一方、当時の国際法実務において君主自身の親署が必須であったか、全権委任状への国璽押印で足りたのかという法解釈は専門家の間でも意見が分かれます。一方的な陰謀論や極端な正当化論の双方が、歴史の複雑なグラデーションを見落とす原因となっています。

井上 凛

井上 凛

シニアコンテンツプロデューサー

心身ともに健康で持続可能なライフスタイルをテーマに、最新のウェルネストレンドを発信中。

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