自由律俳句とは?五七五や季語を捨てる理由と又吉直樹も愛する魅力

自由律俳句とは?五七五や季語を捨てる理由と又吉直樹も愛する魅力の真相や最新動向に迫る! 専門的な視点で紐解きます。

自由律俳句の歴史において、並び称される二大巨頭が種田山頭火(たねだ さんとうか)と尾崎放哉(おざき ほうさい)です。ともに荻原井泉水の主宰する『層雲』に拠点を置きながら、その作風と生き様は鮮烈な対比を描き出しました。

流浪と酒に生きた無頼|種田山頭火の代表作

山頭火は家業の破産、親族の自死、自身の泥酔生活による出家を経て、笠をかぶり鉢を抱えて西日本をひたすら歩き続けた「乞食行脚(こつじきあんぎゃ)」の俳人です。彼の歩行のリズムそのものが、句の骨格となっています。

  • 「分け入つても分け入つても青い山」(深山に迷い込み、自然の圧倒的な深さと孤独に包まれる旅路の絶景)
  • 「うしろすがたのしぐれてゆくか」(侘しい自らの後ろ姿を冷たい時雨が濡らしていく、寂寥の極致)
  • 「鉄鉢の中へも霰」(托鉢のために差し出した鉄の鉢に、恵みではなく冷たい霰が落ちてくる寒々しさ)
  • 「まつすぐな道でさみしい」(目の前に遮るものがない一本道だからこそ、逃げ場のない孤独が際立つ心理)

山頭火の作品は、自然のなかに身を晒し続けた身体性が色濃く反映されており、読者の肺腑を突く開放感と哀愁が同居しています。

閉ざされた庵で自らを削り落とした|尾崎放哉の名言と絶句

東京帝国大学法学部を卒業し、東洋生命保険の支配人にまで上り詰めながら、酒乱と人間関係の破綻からすべてを失ったエリート、それが尾崎放哉です。放哉は社会との絆を断ち切り、香川県小豆島の西光寺奥の院「南郷庵(みなんごあん)」で極貧のなか、肺結核により41歳の若さで没しました。

  • 「咳をしても一人」(咳という生理現象の後に訪れる、逃れようのない静寂と圧倒的な孤絶)
  • 「墓のうらに廻る」(誰を訪ねるでもなく、他人の墓の裏側に足を踏み入れた瞬間の虚無感)
  • 「足のうら洗へば白くなる」(日々の汚れを洗い落とした足の裏を見つめる、自虐と清貧の交錯)
  • 「入れものがない両手で受ける」(物乞いすら満足にできない身で、差し出された施しを掌で受ける羞恥と感謝)

自著の手記や書簡において放哉は「無能の自分にはこの言葉しか残されていない」と吐露しています。空間的・精神的に追い詰められた極限状態から絞り出された言葉は、冷酷なまでの純度を誇ります。

佐藤 大輔

佐藤 大輔

シニアコンテンツプロデューサー

最新のテクノロジーと生活デザインの融合をテーマに、国内外の最新トピックを発信しています。

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