なぜ14年も沈黙したのか?T-Bolan森友嵐士が語る過酷な闘病と衝撃の真相
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1990年代初頭、日本の音楽業界は空前のバンドブームとヒットチャートの狂騒の中にあった。その真ん中で、心に直接突き刺さる切ないメロディと太く力強い歌声を武器に、一気にスターダムへ駆け上がったのがT-BOLANだった。「離したくはない」はミリオンセラーを記録し、街の至る所で彼らの楽曲が流れていた。年間100本を超える過密なツアー日程と過酷なレコーディング作業。若きバンドマンたちは全力で時代を駆け抜けていた。
しかし、アクシデントは1994年のツアー中に突如として訪れた。ある日のライブ中、突如として高音が出なくなり、声帯が思っているようにコントロールできなくなったのだ。医療機関での受診を重ねても器質的な異常は見つからず、診断されたのは精神的な負担やプレッシャーが引き金となる「心因性発声障害」。話すことすら困難になった彼は、1995年のライブを最後にバンド活動の休止を余儀なくされ、1999年にはT-BOLANの解散という苦渋の決断を下すこととなった。