サッカー日本代表の北朝鮮戦中止はなぜ?不戦勝の真相と歴代の激闘史
サッカー日本代表の北朝鮮戦中止はなぜ?不戦勝の真相と歴代の激闘史とはどんな影響があるのか? 専門的な分析を丁寧に紐解いて紹介します。
W杯アジア2次予選のハイライトとなるはずだったアウェー平壌戦は、突如として前代未聞の結末を迎えました。日本サッカー協会(JFA)に対してアジアサッカー連盟(AFC)から「平壌での開催困難」が通達されたのは、東京・国立競技場でのホーム戦直後のことです。
北朝鮮側が平壌開催を拒否した最大の理由は、当時日本国内で報告されていた劇症型溶血性レンサ球菌感染症(STSS)の拡大に対する過剰な防疫警戒とされています。感染防止を名目に日本代表選手団の受け入れを拒む姿勢を崩さず、第三国での代替開催案も期日までに具体化しませんでした。
事態を重く見た国際サッカー連盟(FIFA)は、規律委員会の判断としてこの試合を「0-3での北朝鮮の敗戦(日本の没収試合による不戦勝)」と裁定しました。北朝鮮サッカー協会には制裁金として1万スイスフラン(約170万円)の支払いが命じられ、森保ジャパンは予選日程を不戦勝という形で前進させることになりました。