西城秀樹ヤングマン誕生秘話と伝説のYmca振り付けの真相
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『YOUNG MAN (Y.M.C.A.)』の発売年は1979年(昭和54年)2月21日。この歴史的快作の起点は、前年秋に西城秀樹が休暇と音楽的インスピレーションを求めて訪れたアメリカ・ロサンゼルスにありました。現地のラジオやディスコで爆発的に流れていたヴィレッジ・ピープルの原曲『Y.M.C.A.』を耳にした秀樹は、その圧倒的なビートと高揚感に身体を撃ち抜かれるような衝撃を受けます。「これを日本語で歌えば、絶対に日本の若者を元気にできる」――その強い確信こそが、伝説の始まりでした。
しかし、当時の制作陣やレコード会社(RCAビクター)の初期反応は決して芳しいものではありませんでした。当時の歌謡界において、トップ男性アイドルが洋楽ディスコナンバーをそのままカバーしてシングル表題曲に据える試みは異例であり、リスクの高い賭けと見なされたためです。それでも秀樹は自らの直感を信じて一歩も引かず、自らプロデューサー陣を説得してレコーディングプロジェクトを始動させました。
日本語詞を担当したのは、当時ディスコ音楽や訳詞で手腕を振るっていたあまがいりゅうじ(雨海龍二)氏、編曲は大谷和夫氏が手掛けました。原曲が持っていたニューヨークのユースホステル(キリスト教青年会)をめぐるアンダーグラウンドなゲイカルチャーのニュアンスを大胆に削ぎ落とし、「憂鬱など吹き飛ばして、君も立ち上がれ」という純粋無垢で普遍的な青春の応援歌へと見事に昇華させたのです。