立憲政友会とは?伊藤博文創設の真相から五一五事件の終焉まで徹底解説

立憲政友会とは?伊藤博文創設の真相から五一五事件の終焉まで徹底解説の具体的な内容に迫る! 専門的な視点でまとめました。

立憲政友会の40年に及ぶ歴史は、党を率いた総裁たちのパーソナリティと権力闘争の歴史そのものです。歴代総裁の系譜を一覧で整理すると、公家出身の元勲から官僚政治家、ジャーナリスト出身の政治家へと権力の重心が移り変わっていった過程が見て取れます。

  • 初代総裁:伊藤博文(1900年〜1903年)
    明治維新の元勲。官僚閥の抵抗や貴族院の反発に遭い、政党統御の困難さに直面して短期間で辞任。
  • 第2代総裁:西園寺公望(1903年〜1914年)
    公家華族でありフランス留学帰りの自由主義者。桂太郎(長州閥)と交互に政権を担当する「桂園時代」を現出。
  • 第3代総裁:原敬(1914年〜1921年)
    党の近代化を成し遂げた不世出のリーダー。1921年、東京駅丸の内南口で右翼青年に刺殺される非業の死を遂げる。
  • 第4代総裁:高橋是清(1921年〜1925年)
    「ダルマ蔵相」として知られる天才的財政家。党内派閥の収拾に苦しみ、政友本党の離脱・分裂を招く。
  • 第5代総裁:田中義一(1925年〜1929年)
    陸軍大将出身。長州陸軍閥の看板を引っ提げて総裁に就任し、東方会議や山東出兵など対中強硬路線を推進。
  • 第6代総裁:犬養毅(1929年〜1932年)
    「憲政の神様」と呼ばれた古参議員。政友会総裁として首相に就任するも、五・一五事件で凶弾に倒れる。
  • 第7代総裁:鈴木喜三郎(1932年〜1937年)
    司法官僚出身の強硬派。後継首相の座を軍部に阻まれ、政友会の政権復帰の道が閉ざされる。
  • 総裁代行委員制(1937年〜1939年)
    中島久万吉、鳩山一郎、前田米蔵、島田俊雄の集団指導体制。党内主導権争いが激化。
  • 分裂期(1939年〜1940年)
    親軍的な中島派(革新派)と反主流の鳩山派(正統派・久原房之助を総裁に擁立)に真っ二つに分裂。

歴代総裁の変遷が示すのは、「党利党略による結束」と「絶対的指導者の不在による内紛」の繰り返しでした。原敬という卓越したリーダーシップを失った後の政友会は、常に総裁の座をめぐる派閥抗争に明け暮れ、その脆弱な間隙を軍部勢力に突かれていくことになります。

鈴木 陽菜

鈴木 陽菜

テックライター兼ウェブディレクター

暮らしを豊かにする便利アイテムや時短アイデアを中心に、実用的な情報をお届けします。

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