なぜ名刹に赤煉瓦アーチが?南禅寺水路閣が紡ぐ美と再生のドラマ

なぜ名刹に赤煉瓦アーチが?南禅寺水路閣が紡ぐ美と再生のドラマの背景について、専門知識を詳しくお届けします。

南禅寺といえば、1291年に亀山法皇が無関普門禅師を迎えて開山した名刹であり、臨済宗南禅寺派の大本山として「五山之上」という最高峰の寺格を誇る。日本の禅文化を牽引してきた最高峰の霊域に、なぜ西洋風の赤煉瓦建築が堂々と鎮座しているのか。その経緯を知るには、明治初期の京都が抱えていた切迫した危機感を振り返る必要がある。

千年の都としての誇りを奪われ、急速に衰退した京都の復興を託されたのが、琵琶湖の水を引いて舟運、灌漑、水車動力、そして日本初の事業用水力発電を実現する巨大インフラ計画だった。しかし、そのルートは由緒ある名刹の境内を横切らざるを得ない。当然、景観の破壊や神聖な空間の侵害を巡って激しい反対運動が巻き起こった。南禅寺水路閣の建設は、伝統の固守と近代化への跳躍という二つの相矛盾する思想が真正面から衝突した末の妥協と調和の産物だったのだ。

当時の設計陣は寺院側の反発に配慮し、景観への配慮を徹底的に重ねた。無機質な鉄骨やコンクリートではなく、周囲の木々の緑に溶け込む赤煉瓦と花崗岩を採用。古代ローマの水道橋を模した古典主義的アーチデザインは、百三十年以上の歳月を経て風化し、今やまるで初めからそこにあったかのように東山の自然と禅の美意識に溶け込んでいる。

山下 哲也

山下 哲也

自動車・モビリティライター

デジタルガジェットとスマート家電の検証記事を多数執筆。失敗しないモノ選びを提案します。

Share this article
Twitter Facebook Pinterest