なぜ中国は除外された?サンフランシスコ平和条約の真相と台湾問題
なぜ中国は除外された?サンフランシスコ平和条約の真相と台湾問題について分かりやすく解説いたします。最新の情報をチェックしてください。
サンフランシスコ講和会議において最大の懸案事項となったのが、中国不参加の理由です。1951年当時、中国大陸では1949年に毛沢東率いる共産党が「中華人民共和国」を樹立した一方、蒋介石率いる国民党の「中華民国」は台湾へ逃れていました。ここに「どちらが正当な中国政府なのか」という中華人民共和国と中華民国の代表権問題が生じます。
アメリカは共産主義の拡大を食い止める立場から中華民国を支持しましたが、いち早く中華人民共和国を国家承認していたイギリスは北京政府の招待を主張しました。さらに1950年に勃発した朝鮮戦争の冷戦への影響が決定的となります。中国人民志願軍が参戦して国連軍と交戦状態に入ったことで、アメリカ国内の対中強硬論は決定的なものとなり、共産党政権の講和会議参加は完全に不可能となりました。
米英両国は協議を重ねた結果、「どちらの中国もサンフランシスコ講和会議には招待しない」という苦肉の妥協策を選択しました。この決定により、最大の対戦国であった中国が不在のまま、戦後日本の枠組みが決定されることになったのです。