小林麻央の抗がん剤治療と選択の真相|標準治療遅延の背景と闘病記録
小林麻央の抗がん剤治療と選択の真相|標準治療遅延の背景と闘病記録を徹底追究! 読者が気になる トピックの裏側を凝縮して配信します。
インターネット上や一部週刊誌では、「麻央さんは抗がん剤を断固として拒否した」と単純化された論調が散見されます。しかし、その真相は決して浅薄な意固地さなどではなく、乳がん告知を受けた若い女性が直面する過酷な心理的現実にありました。
2014年10月に医師からがんを告げられた当時、長女の麗禾さんは3歳、長男の勸玄さんはわずか1歳でした。乳腺外科医から提示された治療方針は、抗がん剤による術前化学療法と乳房切除でした。しかし麻央さんにとって、その選択肢を受け入れることは極めて高い精神的ハードルを伴うものでした。
第一に、授乳を完全に断ち切らなければならないこと、そして抗がん剤治療を受けることで将来的に妊娠・出産が困難になる可能性(妊孕性の喪失)に対する深い悲しみがありました。第二に、抗がん剤特有の激しい副作用——全身の脱毛、吐き気、衰弱——によって、幼い子どもたちの前で母親としての日常を維持できなくなることへの恐怖です。さらに、女性の象徴でもある乳房を切除することに対する強い心理的抵抗感も重なりました。
ブログ「KOKORO」の中で、麻央さんは初診時や告知直後の自らを振り返り、次のような痛切な思いを吐露しています。
「あのとき、もうひとつ病院へ行けばよかった」「先生の言葉をもっと素直に聞いていればよかった」
告知を受けた直後、患者の心は「まさか自分が」「誤診であってほしい」という強烈な否認反応を起こします。そこに「切らずに治る」「身体に優しい自然療法で免疫力を高めればがんは消える」という言説が入り込むと、心がそちらへ傾斜してしまう現象は、医療心理学の現場でも頻繁に確認されています。麻央さんの場合も、標準治療を否定したかったのではなく、「家族と元の生活を守りたい」という切実な願いが、結果として標準治療の着手を約1年8ヶ月遅らせる要因となってしまったのです。