昔の児童公園はなぜ消えた?街区公園との違いと遊具撤去の真相を徹底解説
昔の児童公園はなぜ消えた?街区公園との違いと遊具撤去の真相を徹底解説について見逃せない 注意点を分かりやすく解説いたします。
散歩の途中でふと目にする公園のプレートから「児童」の文字が消滅した最大の引き金は、1993年(平成5年)の都市公園法改正にあります。戦後復興期の1956年に制定された旧都市公園法において、児童公園は「主として児童の利用に供することを目的とする公園」として位置づけられ、急速な都市化の中で子どもたちの安全な遊び場を確保する急務のインフラでした。
しかし、バブル崩壊後の日本が直面したのは急速な少子高齢化でした。街中に子どもだけを対象とした公園を維持することは実態にそぐわなくなり、「乳幼児から高齢者まで、地域住民(街区)全員が憩う緑地空間」へと政策方針を大転換させたのです。この児童公園の歴史と名称変更により、法律上の種別は「街区公園」へと一本化されました。
看板の架け替えは自治体の予算や公園改修のタイミングに合わせて進められたため、平成初期から令和の現在に至るまで長いグラデーションを描きながら進行しました。「気がついたら看板が変わっていた」と感じる違和感の正体は、30年以上の歳月をかけて静かに進められてきた都市計画の再編だったのです。