勝率9割6分の怪物・雷電為右衛門が横綱になれなかった真相
勝率9割6分の怪物・雷電為右衛門が横綱になれなかった真相にまつわる役立つ知識を分かりやすく発信ます。
雷電の全盛期は、相撲史上屈指の盛り上がりを見せた「寛政の三傑」の時代と重なります。先代の偉大なる横綱・谷風梶之助、技巧派の小野川喜三郎、そして若き巨象・雷電為右衛門の三者が覇を競った時期です。
雷電を見出し、江戸へ導いた恩人の一人が谷風でした。谷風は雷電の才能を早くから見抜き、自らの胸を貸して相撲の基礎を叩き込みました。雷電が喫した生涯わずか10度の黒星のうち、谷風に敗れた取組が含まれていることは、師弟の因縁として今なお語り草となっています。
また、雷電の強さを支えたのは松江藩主・松平不昧公の惜しみないバックアップでした。大名抱え力士は藩の威信を背負う存在であり、不昧公は雷電を召し抱えることで松江藩の武名を全国に轟かせました。遠征先や巡業先でも特別待遇を受け、財政的・精神的な安定を得られたからこそ、雷電は二十年余にわたり衰えを知らぬ土俵人生を全うできたのです。