ブルータスお前もか」は嘘?カエサル暗殺の真相と愛弟子が裏切った理由
ブルータスお前もか」は嘘?カエサル暗殺の真相と愛弟子が裏切った理由について見逃せない ポイントを分かりやすく解説いたします。
事件が起きたのは、紀元前44年3月15日のことでした。古代ローマの暦において「3月15日」は「3月のイデス(Ides of March)」と呼ばれ、歴史上もっとも有名な暗殺事件の舞台として記録されています。
かつて内戦を制する際に「賽(さい)は投げられた」と宣言してルビコン川を渡り、ローマの覇権を握ったカエサルは、卓越した軍事力と果断な改革によって絶大な民衆人気を獲得しました。しかし、彼が「終身独裁官(ディクタトル・ペルペトゥオス)」に就任したことで、伝統的な貴族中心の政治を行ってきたローマ元老院派の反発は頂点に達します。
「カエサルは共和政を解体し、かつて追放した王になろうとしているのではないか」という疑念と恐怖が、約60名規模におよぶ元老院議員たちを暗殺計画へと突き動かしました。パルティア遠征に出発する直前、元老院会議が開かれたポンペイウス劇場に隣接する回廊で、計画は冷酷に実行されます。
請願書を差し出すふりをしてカエサルを取り囲んだ暗殺者たちは、一斉に短剣を抜いて襲いかかりました。カエサルは応戦を試みたものの、暗殺者たちの群れの中にブルータスの姿を認めた瞬間、抵抗をやめてトーガ(衣服)で顔を覆い、息絶えたと伝えられています。後の検死によると、カエサルの体には合計23箇所もの刺し傷が残されていました。