加藤晴彦のアルペンCm黄金期!降板理由と歴代ヒロイン・現在を追う
加藤晴彦のアルペンCm黄金期!降板理由と歴代ヒロイン・現在を追うにまつわる役立つ知識を分かりやすく発信ます。
加藤晴彦がアルペンのテレビCMに初登場したのは1996年(1995-1996シーズン)のことでした。当時、若手俳優の登竜門的オーディション「ジュノン・スーパーボーイ・コンテスト」で審査員特別賞を受賞して頭角を現していた彼は、まだ20歳前後のフレッシュな存在でした。アルペンが求めていたのは、完璧なプロスキーヤーではなく「誰もが共感できる、ちょっとお調子者で親しみやすい若者像」。この狙いが見事に合致しました。
キャンペーンを爆発的な社会現象へと押し上げた最大の要因は、シンガーソングライター・広瀬香美の圧倒的な楽曲群とのシンクロです。すでに1993年に『ロマンスの神様』が同社CM曲としてミリオンセラーを記録していましたが、加藤晴彦の出演と足並みを揃えるように投入された『ゲレンデがとけるほど恋したい』(1995-1996年シーズン)が空前の大ヒットを記録。スキーブームの熱気と相まって、「冬の訪れ=広瀬香美の歌声と加藤晴彦の笑顔」という図式が日本中の共通認識となりました。
その後も『promise』『ピアニシモ』といったヒット曲が毎冬投入され、加藤晴彦のコミカルな演技はシリーズの絶対的な柱となっていきます。単なるプロモーションにとどまらず、「このCMが流れたらスキー場へ行く」という行動様式そのものを生み出した点において、日本の広告史に残る稀有な成功例といえます。