西城秀樹の若い頃が超絶イケメン!新御三家の伝説と歌唱力の真実

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西城秀樹が後世のエンターテインメント界に残した最大の足跡は、「日本のコンサート・ライブ演出の基礎を作ったこと」です。現代のアイドルのライブでは当たり前となっている数々の演出は、西城秀樹の発案や挑戦から始まっています。

1974年、大阪球場で開催された単独コンサートは、日本のポピュラー音楽史上初となるスタジアム公演でした。当時、「野外球場で音楽ライブなど音響的に不可能だ」と猛反対されたものの、自ら海外のウッドストック・フェスティバルの資料を取り寄せてスタッフを説得。会場を埋め尽くした数万人の観客の前で大成功を収めました。

さらに、ファンが暗闇の中で光る棒を振る「ペンライト応援」も、西城秀樹のコンサートが発祥とされています。発端は1974年の東京・郵便貯金ホールでのコンサート前、ラジオ番組で「夜の野外フェスで懐中電灯を持ってきてほしい」と呼びかけたことでした。会場中で揺れる光の美しさに感動したスタッフが商品化を進め、現在のペンライト文化へと発展していきました。

巨大クレーンに乗って観客の上空高くまで舞い上がる「フライング・ゴンドラ演出」や、ステージ上での大規模な特効(スモークや炎)の導入など、常に「後ろの席のファンまで楽しませたい」という本人の強いこだわりが、日本のライブ演出を進化させていったのです。

田中 結衣

田中 結衣

デジタルマーケティングコンサルタント

グルメと旅を愛するフリーライター。全国各地の隠れた魅力を独自の視点から紹介します。

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