花札「あのよろし」の本当の意味とは?実は誤読だった赤短文字の真相

花札「あのよろし」の本当の意味とは?実は誤読だった赤短文字の真相について分かりやすく解説いたします。最新の情報をご覧ください。

そもそも、なぜ花札にはこれほど読み解きにくい変体仮名が今なお残り続けているのでしょうか。そこには、江戸時代から明治時代へと続く日本の娯楽史が深く関わっています。

江戸幕府は賭博を防ぐため、南蛮由来のカルタを幾度となく禁止しました。庶民や職人たちはその規制の網をかいくぐるため、数字や文字を極力排除し、四季折々の花鳥風月を絵柄に見立てた「花札」を生み出します。文字を直接書かずに風流な絵画としてカモフラージュした伝統が、札の美術性を高める土壌となりました。

明治時代に入り、1885(明治18)年に花札の製造販売が公式に解禁されます。1889年には、京都の地で山内房治郎氏が「任天堂骨牌(現在の任天堂)」を創業し、手刷りの高品質な花札を量産して全国へ普及させました。

当時の日本では、1900(明治33)年の「小学校令施行規則」によって平仮名が一字一音に統一されるまで、看板や手紙に変体仮名を使うのがごく一般的でした。そば屋の看板に「きそば(生楚布)」と書くのと同様、伝統的な風情を醸し出すデザインとして「あかよろし」の筆文字が札に採用され、そのまま現代のデザインへと受け継がれたのです。

前田 葵

前田 葵

サステナビリティ研究家

マーケティングと消費者心理のトレンドを分析し、現代のヒット商品の背景を読み解きます。

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