竹ではなく円卓で回る鹿児島のそうめん流し!唐船峡発祥の謎と現在
話題沸騰中の 竹ではなく円卓で回る鹿児島のそうめん流し!唐船峡発祥の謎と現在について、主要な情報を分かりやすく掲載しています。
詳細を見る
国語辞典や一般的な生活感覚において混同されがちな二つの言葉ですが、食文化史の視点で見ると両者には決定的な境界線が存在します。竹を組んで直線的に流す形式は全国共通の「流しそうめん」と呼ばれ、宮崎県高千穂峡などでも親しまれています。一方、鹿児島において定着しているのは「そうめん流し」という固有名称です。この呼称こそ、円形水槽の中を水流で循環させる装置を用いた文化そのものを指しています。
この回転式そうめん流し発祥の地は、薩摩半島の最南端に位置する鹿児島県指宿市開聞の「唐船峡」です。起源は昭和37年(1962年)にまで遡ります。当時、開聞町役場の助役を務めていた井上広則氏が、唐船峡に湧き出る莫大な清水を活用して地域の観光振興を図れないかと苦心。当初は竹樋を使って清流にそうめんを流していましたが、竹の設置場所が川の窪地であったため、上流の人ばかりが麺を取り、下流の客には行き渡らないという構造的な不公平さが生じていました。
「訪れたすべての人が座ったまま、平等に涼やかなそうめんを楽しめないか」――。井上氏は試行錯誤の末、透明な円形容器の中に水流を送り込み、その水圧だけで麺をぐるぐると旋回させる画期的な装置を着想しました。昭和42年(1967年)には回転式そうめん流し器の実用新案・特許を出願・登録。これによって、上流・下流格差を解消する「回転式そうめん流し」という全く新しい外食エンターテインメントが鹿児島の大地に産声を上げたのです。